結局DNA encoded libraryってどんなんなのさ?

Gruezi wohl

最早三ヶ月前の話なので大変恐縮ですが,ETH(@Zurich)で毎年のように開催されているDNA encoded library (いわゆるDEL)のシンポジウムに参加してきました.ぶっちゃけ文献やネットのまとめ的な記事しか読んでいなかったので,今回のシンポジウムはケミストの視点から刺激的だったので,重い腰をあげて記事にしたいと思います.

 

DNA encoded libraryというのは,ざっくり言うとDNAタグ付きの低分子ライブラリのことです.通常のライブラリというのは1化合物につき1バイアルなので,High Throughput Screening (HTS)で何百万化合物をアッセイしようとすると,例えば1µMのsingle point assayだとしても,どえらい時間が必要になります.しかも化合物の純度なんてぶっちゃけ分からないので,活性が出た!と思っても再合成+評価したら活性なくなった...なんてこともあるそうです(ちなみに私自身は直接携わったことがありません...).一方,DELのライブラリは10億個(1billion)スケールの化合物がたった1本のeppendorf tubeの中に作製され,target proteinとの結合評価を行った後に,DNAシーケンサーを用いて化合物の同定を行います(Affinity selection).この時点では化合物がtarget proteinに何かしらの形で結合することしか分からないので,DNAタグなしのリガンドを再合成して活性の評価を行います.そのため,HTSと比較して大きなスケールのライブラリを短期間でスクリーニング出来る手法として注目されています.(@masayayamaguchさんのブログの方がよくまとまってるので,そちらも参考にしてください.http://luckprepopp.com/pharma-biotech/screening-del-hts/)

 

へーそうなんだ.

と,思って深く調べていなかった私が浅はかでした.

DNAタグって実際どんな構造か想像出来ますか?

下記のキーワードでググるとDEL作製に必須のHeadpieceと呼ばれる部分の構造の画像がヒットします.

dna encoded library headpiece

ちなみにリンク先は文献なので,購入するかライセンスがないと読めません.

From haystack to needle: finding value with DNA encoded library technology at GSK

しかし,化学構造が多少わかる人であれば,なるほどDNA二重螺旋の先にPEGを介してアミンが付いてんのね,と理解してもらえると思います.DELはこのHeadpieceを起点としてオリジナルライブラリを作製できるテクノロジーです.

このアミン部分に対して化学反応を,DNA部分に対してBuilding Blockに対応したDNAタグをLigateすることでライブラリを作製していきます.

 

そしてもう一つ.DELの特徴的な作製方法の一つが”Split and Pool”です.簡単に言うと,混ぜては分けて,また混ぜて,と言うことです.もう少し具体的に説明してみましょう.

先ほどの文献の図が非常にイメージしやすいので,そのまま拝借したいと思います.まずはHeadpieceの溶液を96-wellのプレートに均等分割し,各wellにそれぞれ個別のシーケンスを伸長します(Ligation).続いて各wellに対して,異なるBuilding Blockを用いて同一の化学反応(例えばSnAr反応)を行います.この段階で,各Buiding Blockに対応したDNAタグが付与された状態です.Split and Poolでは,例えば一つのeppendorf tubeの中に96成分を一旦集約してしまいます(Pool).続いて,これを96-wellに再度分割し(split),同様の工程を行います.つまり,2サイクルが終了した時点で,DNAタグ付きの96x96=9216化合物が1本のTubeの中に構築できることになります.これを3サイクル回すだけで884,736化合物,4サイクル回すとあっという間に84,934,656(約8500万)化合物のDNAタグ付きライブラリが,たった一本のTubeの中に構築出来てしまうわけです.96-well plateを使えば,単純に96^nのライブラリを構築出来ると言うわけですね.

 

ライブラリの規模は正に指数関数的に増幅出来るわけですが,分子構造を理解できるケミストであれば,その欠点も理解出来るかと思います.以下,ぱっと思いつく点を挙げていきます.

-規模の大きいライブラリほど分子量は増大する傾向にある(基本的に分子の足し算)

-ライブラリの多様性は,用いる化学反応とBuilding Blockに依存する

-DNAを有する構造の特徴上,使用できる化学反応は水溶性溶媒に制限される

-DNAを有する構造の特徴上,DNAと反応するような化学反応は使用できない(DNA compatibleな化学反応である必要がある)

-ライブラリ自体の分析が難しい(純度や,そもそもLigandが合成出来ているか)

-もちろん精製も難しい(現時点でHPLCに依存)

私自身はDELに携わっていないので詳細は言及出来ませんが,シンポジウムで議論した時点では上記の印象を持ちました.PfizerやGSKなどのメガファーマは,独自のライブラリ構築に加えて,上記の課題克服に向けた基礎研究を発表していました.

 

ここまでで,DNA encoded libraryって結局どんなのなの?と言うのをケミストの目線で列挙してみました.

率直に言って,私はめちゃくちゃ面白いなと思いました.

最近流行ってるPhotoredoxなんかも,DNA compatible reactionとして報告されています(Open-Air Alkylation Reactions in Photoredox-Catalyzed DNA-Encoded Library Synthesis).ご自身のラボの強みと言える反応開発が,創薬研究にダイレクトに活用できるかもしれません.アウトプット先が常に構造ベースの議論になってしまいがちの方には,ライブラリ化することで,例えば創薬や農薬開発に活用できないかを検討してもらえるかと思います.

 

この記事の作成時点(2019/12/4現在)で,日本ではDELが特には流行ってないのかなと思います.投資が必要な設備ももちろんあるとは思いますが、Wetのアウトプットとして,DNA encoded libraryは如何でしょうか?